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居眠り磐音江戸双紙 「尾張ノ夏」

2010/10/22
ってことで。

読み終わりました。34巻。
そして。

ストレートな感想は本館で書いたから。


こっちは。


あっちに書かない今回読んでの映像の「陽炎の辻」とのつながり。
(あくまで自分の中での、です。)


ネタバレ、何となく、ありです。
未読のかたはご注意くださいませ。


初読の時、感じてたのは。

今回、映像の陽炎のメンバーの印象がどんどん入ってくるな、ということ。
磐音さんにしろおこんさんにしろ由蔵さんや鶴吉さんにしろ。

いままでの私は映像上の陽炎メンバーと原作はどこかできっぱり分けていたのだけれど。

それがとっても今回、陽炎メンバーが頭に浮かぶなあ・・・・・何でだろう?と思いつつ読み終わり。


そして再読。

印象はがらりと変わり、気付いたことが沢山あってそれがまた嬉しくもあり更に先を思う事も沢山あり。
そんな中。
映像との重なり具合はというと。

えっとですねぇ。
やっぱり重なるけど重ならない。
由蔵さんたち江戸メンバー(??)は完全にまた分離されてた。
そこはちょっとほっとした。
もう正直殆ど違う世界だし、なんで今になって映像が重なるか自分で自分がわからなかったから。

だけど。

坂崎磐音さんと金兵衛さん。

このお二人が。。ね。

磐音さんは1巻を手に取った頃は目一杯山本磐音を重ねて原作に入り込んだ。
そうして読んでも行間から感じられる雰囲気まで全てにおいて違和感全くなかったし、
だから山本耕史さんって人に嵌ったって面も多大にあるし。
でも、物語が進むに連れて、段々に映像と原作は分離され。
(そもそも、重ねていたのが磐音さんだけだったし)
最近は山本磐音と原作は完全に分離されたと思ってた。

それが。なぜか今回は。
命を背負って生きる坂崎磐音という人物に、違和感なく山本磐音を重ねてしまった自分を否定できない。

それは、、この巻を山本さんに演じてほしいってことでは全くない。(新たに映像をっていう気持ちは、今の私の中には微塵もないのです。)

ただただ、とても自然に山本磐音が34巻の坂崎磐音に重なった、ということ。

たとえば、おこんさんに向ける穏やかな表情。やや子の順調な事を喜ぶ場面。
たとえば、藩道場で馬飼さんと稽古に汗を流す場面。三郎清定と会話をする場面。
たとえば、南郷十右衛門との立ち合いの場面。最初も2度目も。
たとえば、由蔵さんが偽名を使って旅する二人を慮る場面。

ほんのちょっとした風景も大きな出来事も。
その全てではないけれど端々に、ふっと浮かぶ山本磐音。

不思議だった。
自分で自分が不思議だった。
今のこの物語の中に、山本磐音が何故違和感がないんだろう?と。

そして、金兵衛さん。

これは。。
佐伯先生もどこか重ねて書いてらっしゃいませんか?なんて会話をしたのは、先日コージ友さん達とお会いしたとき。
尾張名古屋在住とおこんさんの懐妊を聞いて喜ぶ金兵衛さんが、完全完璧に小松@金兵衛さんに重なっちゃった。
映像、あの長屋の風景、みんな脳裏に浮かんで・・・・・それがイヤじゃない。

34巻にきてこの状態。
どうしちゃったんだろ?私。

そろそろまた。再読1巻からまたできるかな。
家基さま騒動以降、新刊がでてもせつな過ぎて1巻に戻れない自分がいたのだけれど。。。また新しい発見がありそうな気がしてきた!勇気が出るか?

家基さま以前は新刊がでると1巻から読み直してたんですよ~私もっ♪・・・・・と、ちょっと鍵拍手の方に書いてみたり、、して。(いつもありがとうございます。気付いてくださるかなあ?)
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00:01 ***居眠り磐音江戸双紙 | コメント(0) | トラックバック(0)
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