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Lost Memory Theatre 3回目(千秋楽)

2014/08/31
神奈川芸術劇場 15:00開演
2階席センターブロック(マグちけ)


気付けばKAATの最終日。千秋楽です。
今回は初日、中日(くらい)、千秋楽の3回の観劇。
そして場所が、下手前→上手後ろ→センター2階。
チケットとしてはこんな理想的な取り方ないんじゃないかな?っていう偶然の産物ですがなかなか気に入ったものでした。



…そして。



本日楽日。
初めて2階から観たこの作品は。

なんというか。
正直に言いますと。

遠い。
全体を俯瞰できる場所であったことは確か。
真ん中から観るこの景色をどんなかなあ、と思っていたのも確か。
なのですが。
ある事情も重なって、これほど遠く感じた日は今までなかったな、というくらい、物語の外側にいる自分を自覚しておりました。

それぞれの場面はそれぞれに。
特に男Yが1幕最後、客席から見下ろすあの場面はしっかり下にいる江波さんも同時に視野に入れて観ることができて楽しめましたし、上から見下ろす舞台床の照明効果にダンサーの影が踊ってとても素敵で堪能できたし、
そして何よりも。
音楽は一番綺麗にストレートに届いてきました。
特に三宅さんのフリューゲルホルンの伸びやかな部分。
そこは今までで一番、こころに響く音色だったように思います。

なんですけど、ね。
私の中で、一番最高の日は「中日」2回目の公演の時、だったようです。
音楽と役者と周りのすべての一体感。
その中で少しずつズレて狂っていく記憶の層の情景。
存在していながら存在感をなくしている男Yと、しっかり主張する男Yと、でもやっぱり「ただそこに居る」という彼と…。

心に響いて想いが伝わるような気がして音楽が重なって情景が深くなって…

うまく言えないのですがもしかしたら。
この作品は1階席のみで上演、が一番最高なんじゃないのかな?
と、、、
めちゃくちゃ贅沢なんだけど。思ってしまいました。
上から見下ろすのではなく、視線は同じ高さでいたい。
ということかもしれませんが。。
(贅沢すぎますね。ごめんなさい)

KAATという素敵な劇場ならではの、劇場自体も出演者の一人、のような作品。
きっとだからこその「幕間小劇場」(←勝手にそう呼んでました/^^;)があったり、
1F客席と舞台がすごく近かったり
2幕の始まり前から椅子に座っている人がいたり。

舞台と客席。
演者と観客。

それがとても近く感じられていたから、2階からはちょっと。。寂しかったのかなあ。
ちょっと、、残念でした。

それでもそれはそれで、いいのかもしれないですね。
この作品の感じ方に間違いというものはないし、同時に正解も、ない、のですから。

そんなこんなで、幕間小劇場の衝撃があったりなかったりして(…!!??)
心臓は最高にバクバクしつつ、帰宅しました。
いやもう。びっくりしたー!(??)


そこに居る。
そこに在る。
けれども居ない。
傍観者で在る。

山本耕史という人の、その存在感の操り方?
消した時、出したとき。
舞台上に在るときと、普通の人たちに混ざったとき。
カーテンコールで男Yから山本耕史に戻るとき。

彼の演じ方。というよりも主張の仕方?伝え方の強弱?うーむ。。ことばが見つかりませんが。
力強く演じている、ということではない、
話さない。動かない。けれども確実にそこにいることに意味を持たせてそこに在る。

こんな演技もあるのだ、と。
演技、といっていいのかなあ。違う言葉が見つからないんですけれど…。
そんな彼を見られたこと。見つけられたことには、本当に満足してます。

これは。。見ないときっとわからないことかもしれないなあ・・・伝わらないかもしれないなあ・・・と思いつつ
とにかく感じて思ったこと。
ここに記しておきましょう。

自らの語彙力のなさにがっかりしつつ・・・・・
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23:00 ***『Lost Memory Theatre』 2014 | コメント(0) | トラックバック(0)
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