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ロックオペラ モーツァルト ルージュバージョン感想

2013/02/19
今回の舞台はちょっと特殊。
主役の二人が二役を演じる。それも交代で。

なので、ひとつの作品だけれども全く違うふたつの世界が作り上げられて、ファンならずとも、片方を観た客席からはいつも、「これでもう一方はどんな感じなんだろうね?」という感想が聞こえてきていました。
その中の何人かでも、、追加でもう一方のバージョン…観てくださってたら嬉しいなあ~♪

という訳で、まだ大阪公演が残っておりますが、
私の中のそれぞれのバージョンの感想を、この辺りで一気に書いてしまっておこう、と思います。


本当はね。まだね。余韻のなかでたゆたっていたくて、気持ちは全然落ち着かず魂は連れて行かれたまま帰って来れないで迷子…状態なんですけれど。
悲しいかな、私の記憶力はそれ以上に加速しつつ忘却の彼方に飛び去っていくので。


なので、今現在で書ける限りのことを管理人の記録として、ここに残します。
ここでは、ネタバレ完全にあり、です。
舞台の流れにも触れちゃいます。

ので、大阪公演が初見でまだ何も知りたくないっっていう方は、、どうぞここまでで。。m(_ _)m

あ、で。
相変わらずまとまってません!





ルージュバージョン
モーツァルトを中川晃教さん。サリエリを山本耕史さんが演じるバージョンです。
これ、すっかり慣れちゃったからするっと分かるけど、そういえばプレの初日、お二人ですら「これはルージュ?インディゴ?」なんておっしゃってたなあ(^^;)
ちなみにインディゴはこの逆。モーツァルトが山本さん。サリエリを中川さんが演じます。


私が見たのはプレビュー公演とそしてルージュ楽日のマチソワの3回。
一番最初と一番最後。
思いがけないことから、極端な観劇の仕方と相成りました。

もうすでに、完全に楽日のマチソワが頭の中に存在しているので、プレの印象はあんまりありません。
ただ、すごく変わっていて驚いた。とてもいい意味で。そういう劇的変化というか大きな変化を感じた作品は今まで経験がなかったので、ある意味ハプニングも良い方向に動いたってことかな~。

プレビューの日。
これは二日目がルージュでしたが、まず、とにかく最初に思ったのは、
「ああ、良かった。喉の調子、少しいいみたいだ」
…舞台の外のことを心配するファン。。莫迦だよね、と思いつつここが一番心配だったので。
まず真っ先に登場するのがアントニオ・サリエリ氏。舞台上手に現れて語りで物語がスタートする。
ここで第一声がサリエリとしての言葉だったことに、まずちょっとびっくり。
なんとなく、語りの部分は個を殺して出来るだけ感情を交えずに、、みたいなことを勝手に想像してしまっていたので。
でも、その「サリエリ」としての気持ちととモーツァルトとの掛け合い、それを物語進行の語りに交えて話す山本サリエリに、うん、心地よいっと思った。
ただ「サリエリ」なだけではない、片方にきちんと俯瞰する目を持って感情をせりふに載せる。
だから、進行役としてどんなものになるのかちょっと不安もある観ている人たちを舞台上に連れて行ってくれて、なお且つサリエリが生きていることもわかる。
この出だしがまず、とても好き。

そしてこの時のモーツァルトもまた、ああ、なんて天真爛漫な子なんだろう(子と感じるんだよなぁ)と思い。
中川さんのその後のトーク等で感じた素直さ?ストレートに感情を相手にぶつけられる、その良さがモーツァルトそのものなんだろうな、と思う。

サリエリの重厚さとモーツァルトの軽快さ。
二人の役柄として、この配役は鉄板だな、と出だしで思う、絶妙のバランスです。

そして物語の中へ。
中川…アッキーモーさんは、一直線。
感じたこと、思ったこと。動こうとするとき、立ち止まるとき。
様々な部分で、一直線に唐突に軽快に動く。
歌もストレートに自分自身の内から湧き上がるものに身をゆだねているように聞こえました。

だからかな。
プレの時は、周りの人たちとの対応がちょっとパタパタしていて落ち着きないなあ、、と実は思った。
モーツァルトに引っ張られて?
それが楽日には。
いい具合にモーツァルトの周りの人々が落ち着いて、パタパタするかわいいモーツァルトを上手にいなす。
アッキーモーツァルトも、プレほど飛び跳ねてはおらず、だんだんに落ち着いてくる様子も見えて、
そして歌は抜群の安定感なので、これはとても安心して観ていられるな、と思う。

そこに1幕では語りのみだけれど2幕で直接出会い負の感情にとらわれていく山本サリエリが絡む。

最初は噂をおそらく軽く感じて、簡単に作曲に対してOKの言葉を口にしてしまったけれど、
初めてモーツァルトの楽曲に触れるとき。
リハーサルの場に登場するときは、その場をあちらこちらを眺め、見渡しながら伯爵の会話を聴いていて、
「で?モーツァルトはどの人ですか?」(だっけ??)と問う言葉につながって飛び回るモーツァルトに流れを乗せて。

リハーサルが始まればその、楽譜を目で追いながら徐々に変化していく胸の内と表情。
そこからサリエリ楽曲に入っていく雰囲気に目が離せない。

歌いながら髪をも振り乱し、、感情を激しく表に出して目一杯歌った後、すっと平静な表情を作ってモーツァルトに「このまま行きなさい」と言葉をかけるとき。
内に秘めた激情を決して表には見せない山本サリエリが、確実にそこに存在していて。。

とにかく山本サリエリは歌うときには目一杯の激情を、運命@鶴見さんや苦悩のお二人を巻き込んで舞台上一杯に叩きつける。
歌いながら踊る姿は、身のこなしに切れがありメリハリがあり、感情が溢れ。
なのに歌い終わるとその激情をすっと隠すのが見事で。

どんどんモーツァルトを追い込むサリエリは、伯爵との会話もわざと目を合わさないでの計略打ち合わせだったりするのだけれど、でも。
実際にモーツァルトを失脚させた後。その勝利での苦味もまた半端なく強く。
彼が祝福の中で苦しむ姿は、、本当に出会いたくなかったのだろう、と思わせて胸が痛い。
サリエリもまた凡人ではなかったからこそ気付いてしまう、モーツァルトの天才性。
そんな様子がとてもよく分かる。

そしてモーツァルト病床で。
レクイエムを作り終えられない、と話すモーツァルト。
そのレクイエムの楽譜を一枚そっと抜き取るサリエリ。
その楽譜をさりげなく袖の影に隠すその仕草。
ここでいうのもなんだけれど、、優雅。非常に優雅に身を動かす。

サリエリとして動く彼はいつでも絶えずエリート貴族で優雅。
立つだけで貴族、、、っていう彼の持ち味を最大限生かしている役柄だよなあ、、と全編通して思ってしまう。

そんな姿で。
ラスト。

モーツァルトが天に召される場面。
二人で歌い、お互いの心の内に少しだけ触れ、おそらくそこでまたサリエリは挫折をも味わい…。
だから、かな。
山本サリエリは中川モーツァルトを見送らない(よ、ね?記憶が…)。目を向けずただ、静かに舞台袖(上手)にたつ。
病床のテーブルから抜き取ってきた一枚の楽譜を手に。

その楽譜を開いて見つめ、静かに胸に抱くとき。
彼の中で何が起こっていたのか。
これは完全に私の妄想だけれど。

その音符の列に完膚無きまでに打ちのめされ、そこに湧き上がる敗北感はどうしても認められず、だけれども圧倒的に失ってしまったものに対して淋しく哀しい。

そんな心かな、、と思う。

中川モーツァルトのとても天真爛漫で、その明るさが人を惹きつけ、また気付かずに人を傷つける。
そのストレートな描かれ方に山本サリエリの屈折した感情と姿。

このお二人にとって、また観ている側にとって。
まず、安心して見られるのはこっちだろうなあ、と私は思う。
それぞれに適役でそれぞれにとっても似合って、そして安定感も抜群だから。


なーんてことを全体的に思ってました。



アッキーってなんかそのまんまの人なのね、とも思ってた。
役柄とご本人が完全に同じ?
そんな感じ?
舞台上で歌う声の伸びやかさはそれは見事で、で、その伸びやかさの中に彼の素直さが入ってる感じがして。
へぇ~、って思いました。

M!
見てみたかったな、と思います。こんな感じなの?あ、アッキーは別物っておっしゃってましたけど。
うん、それはわかるけど、人物の描かれ方っていうか、そういうの?はこんな感じなのかな?
(当時は舞台って何?状態な私でしたけどねー/苦笑)



それにしても。。
山本サリエリ。。ふわっとすこしウェーブの付いた髪を後ろに一つに束ね、衣裳を身につけた彼は…。
ええ。いやもう。。
夢に出てきてほしいなあ~~~~。

この姿だから更に、、サリエリの苦悩が滲み出る気がしますです。ハイ。
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22:46 ***ロックオペラ モーツァルト 2013 | コメント(0) | トラックバック(0)
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